7)道場:このクルマを開発する『道』を選択 

このクルマを開発する『道』を選択

クルマの走りの性格は、何処で走って育ったかが決めると思っている。

例えば、こんなことも言い方もされたりする。 高速で、道の良いアウトバーン育ちのドイツ車は固めの脚で高速性能が良い 道のアンジュレーションの大きいカントリーを持つフランス車はネコ脚になる 狭い道幅のカントリー路の多い英国車は正確なハンドリングになる。

テストコースで育てたクルマは、そこには完全適合する。でも世界は広い。 かと言ってすべての道を網羅した開発は不可能である。

開発する道を、育てる道を選ぶことが そのクルマの性格を決めると思っている。 だから、重要な選択である。ただ、それは新規開発のスタート点を決めるだけで できるだけ多くの道を走れば、走るだけ 走りの深さが備わっていくので 開発には終わりがない。

お客様と共通できるテストコースは、サーキット

このクルマの開発には技術部のテストコースだけでは不足で、実際に使うお客様とスタート地点として 共用できるテストコースが必要だと考えた。

それが、東富士研究所の近くにあるフジスピードウエイである。

改修され、高速走行のできるセクションと、ハンドリングとパワーを楽しめるレイアウトに変更され コース幅やランオフエリアも広く安全、何よりも日本の象徴である富士山が一望できる。 日本発信のモデルにとって最適でなはいか。

クルマが高性能になり、その限界まで楽しもうとすると、走る環境は公道だけでは不足する。 交通環境はアウトバーンにも制限時速を設定させる時代である。安全の確保も必要である。

そこで、サーキットをスポーツジムのように楽しむ様にしたいと思ったのもある。

高性能を限界まで楽しんでもらえる場所、特殊な道でなく公道の延長線の安全な道路 それが、サーキットであり、今後、スポーツは公道との住み分けがより明確になっていく 公道はあくまでも、安全に環境に配慮して走り、性能は気兼ねなくサーキットで楽しむことを とんでもなく特殊なことでなく、スポーツジムに行く様な感覚で楽しめる様にしたいと考えた。

サーキットも公道の延長として走れる様に

市販車でサーキットを走るということは、大変過酷な条件の道を走ると言うことである。 サスペンションのセッティングを、サーキットをメインにすれば良いというだけではない、 しかも、公道とサーキットをひとつの線で結んで楽しみたいとするのはハードルは高い。

性能、熱、信頼性、耐久性 など公道とは異なる基準をクリアしないとはいけないし そもそも、サーキットでクリアすべき基準をどのレベルにするか考えないといけない。 楽しむということも、公道とはレベルが異なるわけだし。安全に楽しめないといけないし 運転スキルが高い人も、そうでない人も楽しめる様にしたい。 あの日の感動、レーシングチェイサーを再現することが目的であるわけであるから。

サーキットを走る。夢中になって走ってふと我にかえるのは・・・・ワンメイクレースの 周回数は・・・そこから出た目標が「10周帰ってこない楽しいクルマ」でした。

各部署に先行試作車が渡り、東フジテストコースを始めとするテストコース評価をおこなった 最初に走ったサーキットは、十勝サーキットでした。でも、あのオートポリスの日は蘇りませんでした。 2周も走ると、なんらかの指摘をしたくなって、ピットに戻りたくなるのでした。

楽しく走るには、サスペンションだけでなく、エンジン、トランスミッション、シート・・・・ 多くの機能が総合的にまとまらないといけないことを、再確認。 走りつづけるための、ブレーキのタフさ、熱対策、まだまだでした。

でも、目の前を数台の先行試作車が精力的に、走りこみを続けているのは現実でした。 チームメンバーも増え、多くのメンバーが居ました。夢に見た瞬間でした。 設計はものつくりの90%かもしれない、でも後10%は人が創りこむことで完成できる。 クルマは走って創るものと考えていましたので、10%を満たす長い時間が始まったことが 嬉しく思えていました。

みんな、目的があるから、開発が、走ることが楽しいし 苦労ではない、役得とさえ想いながら 走りつづけいました。 エンジニアも、テストドライバーも関係なく、みんながステアリングを握って、体感すること  それも今日の目的でした。ひとつひとつ確認をしながら、走りつづけることで見える答えを求めて。 目的は理解していました。後はそれぞれの専門屋がプロとして、そしてクルマ好きとして 走りつづけました。 最終ミーティングも熱を帯びたものでした。

走りこみが続けられた1日、シェイクダウンとしては、充分成果のある1日でした。

ホームコースはテストコースではなく フジスピードウェイ

それから、3ヶ月。テストコースで課題を詰めた先行試作車は いよいよ ホームコースと 定めたサーキット フジスピードウエイ(以下FSW)に初めて、持ち込まれました。

フジスピードウエイ このクルマにとって特別なコース。ホームコースである。

スキル違うドライバーが、みんな 楽しく走れる様に開発をしていく レーシングドライバーも含めエンジア、ドライバーは レーシングスーツを身にまとい 最初の評価にのぞみました。

まだまだ楽しくとは行かないものの、3ヶ月前からの進歩は明白でした。

緊張のコースインです。まずは慣熟走行と心を落ちかせます。 1コーナを3→2のシフトダウンで回り、加速・・コカコーラから100Rへアプローチ しっかりしたリアグリップを感じたあと、ヘヤピンに向けブレーキング 高速コーナーを80%パワーで抜け、ダンロップコーナへ ライン取りを確認しながら、のぼりのテクニカルセッションへ、最終コーナを周り メータを確認後・・・フルにアクセルペダルを踏み込む。

3,4,5,6とシフトアップしながら加速長いはずのストレートがあっという間に過ぎる ピットウォールには緊張の顔がいくつか見える。 大丈夫と届かないであろうアイコンタクトをして(したつもりで)ピット前を通過する 200m看板を確認し、メータが250km/h近くを示している 余裕を持って、シフトダウンしながらフルブレーキング。 ブリッピングサウンドが心地良い・・・・え~っと1コーナ前でスピードが 落ちすぎて、1コーナに向けて再加速・・・あははっである。

すごいぞこのブレーキ。姿勢はもっと安定させたいな。 2周目は全開で(自分なりの)行ってみる。当然スポーツVDIMは ONであるけど。 コカコーラまでにストレス無い加速が続き、ブレーキングしながら100Rに向かう 100Rで、右に切ったところで、ムムムである・・・Gを抱えならら切り込んでいく また、ムムム・・である。 

今日は初回である、問題点を明確にすればよいと頭を切り替える。 ヘヤピンを抜けアウトいっぱいで加速しながら、高速コーナへ向かう ここは、気持ちよい、全開のまま200km/hを越えたところでブレーキングして ダンロップへ切り込む・・右、左加速、減速 ここからは、VDIM任せで右、左、左 最終コーナへ向けて、ムムム・・・である。

もう一周とストレートを抜け、2周目の違和感を再確認する。もう一周、もう一周と 走りつづけている。十勝とは違う・・、でも、まだまだだね・・・ 結局、この日は クルマを乗換えながら、50周以上も走行してしまった。 走るは楽しい。 サーキット評価は、FSWをホームにして日本、海外サーキットの道を経験していきました。


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これから順次アップしていきます。
2015~2016年カートップ誌に連載していたストーリーの原文になります。あえて当時書いたままの文章です。

投稿者プロフィール

office F.Regulus 矢口幸彦
office F.Regulus 矢口幸彦
元トヨタ自動車株式会社 IS F, RC F, GS F開発責任者 矢口幸彦
個人事務所ならではの『One to One』のサービスで、ワクワクしながら笑顔になれる働き方をお手伝いします。