6)伝心:車両コンセプトと実現に向けた骨子

想い:両コンセプト、 想いの中心は サウンド、レスポンス、伸び感(パワー)

人が楽しいと感じるには、経験・情報が必要である。

楽しさとは、生きるために必要な先天的な記憶でなく、経験から判断された記憶であるから。 体感した事象に、驚き・感動・認知・感動のステップを経て楽しいと記憶されると言う。 また、繰返し刺激により慣れが生じて感動が長続きしなかったり、感動が呼び戻ったりもする。 その事象を、自分に楽しい感覚をもたらしたと認知し、自分の快感項目として記憶する。 その判断基準に触れるものが自分として楽しいこととして選択される。 だから、同じ判断基準を持った人に、まず体験してもらうことがスタートになる。

運転が好き。走ることが好き。だから楽しいクルマを創りたい あの日に感じた経験、この想いを開発陣のすべてに理解して、同じ判断基準とする必要がある。 理屈の説明ではなく、感覚的に わかりやすい 伝心言葉(キーワード)が必要だった。

自分の経験を伝達するの選んだのは3つの言葉だった。 同じ判断基準を持った人=運転が好き、走ることが好きな人が前提である。 刺激=体感してほしいもの:聴感・反応感、心感されるもの:深さ感である。 これを、サウンド・レスポンス・伸び感 という だれもがわかる言葉に置き換えた。

骨子:コンセプト実現に向けて

キーワード(サウンド・レスポンス・伸び感)を実現する為には いろいろな要因を組み合わせて考える必要があるので、ひとつずつ考え方をまとめてみることにした。

まずは、サウンド創りである。 サウンドつくりは、ヤマハ発動機だけでなく、ヤマハの音響関係者まで検討をお願いした。 幸い、出身が振動騒音の開発エンジニアなので、色々な経験もしており、最後は自分感覚で選択していった。

人間は計測器以上に音にはシビアで、嫌な音にフィルターを合わせて聞いたりして敏感になるので 問題になる音を感じにくくするように、振動騒音開発をしていた時は、大変苦労した経験がある。 初代LS400を振動騒音の開発リーダとして開発するときも、音は音源から絶つ(源流主義)や 発音しないパネル構造、ボデーの音圧感度低減などにこだわったりした。

でも、逆に好きな音は何回聞いても飽きないとか、小さな音を室内では大きく聞かせる手段とか 絶対音量より相対変化の刺激にはなかなか慣れないとか、・・・サウンド創りのヒントも沢山体感していた。

サウンド:音色を決めるベースになったのは、元部署でTさんやKさんが検討していたスポーツサウンドの 基礎研究結果だった。パワー感、軽快緩などを 周波数帯の特定まで落とし込んだ結果である。 創りこむ周波数帯が判っているが、制約あるエンジンルームや 環境騒音への配慮との両立を 考えると、簡単ではないことは判っていた。

サウンドを聞かせるには、まず邪魔な音を排除しないといけない。音のクリーニングである。 ベースとなったのは、IS。つまりレクサスである。、元々静粛性が確保されているクルマであり、 この部分で追加対策をする必要はなにも無かった。

絶対音量(一定音圧)は慣れがあるが、相対変化(強弱や音程)には毎回反応できる、 これは、絶対車速には慣れて刺激を感じ難くなるが、加速度には毎回刺激を感じるのと同様である。 今回のサウンド創りのポイントは、このポイントを活用した、飽きない繰返し刺激である。 音の加速度(G感)創りとでも言えばよいだろうか? 音(振動)は共鳴(共振)というものがあり、特定の周波数で音を大きくすることができる。 楽器が音程を創れるのは、みなこれを利用しているのである。

迫力の低音、パワー感の中音、伸び感・軽快感の高音をクルマの中で楽器を探して鳴らせば良い。 また、走行のシチュエーションによって、それにあわせたサウンドがすると嬉しい。 例えば、定常走行では低音でスポーツカーを意識する迫力を、 加減速時は、加速Gにあわせたパワー感の中音を、高回転域では軽快・伸び感の高音をといった 様にである。いずれも音の元はアクセルに連動したエンジンになる。

そこで、それぞれの特性を生かして、低音は排気音で、中音は吸気音で、 高音はエンジン音を中心にして創ることにした。

排気音は、排気管の長さで殆どきまる。環境騒音もあるので 大きな音にはできないので 排気管の出口は、バンパーを貫通させずに、Rrバンバーの空洞を使って共鳴させ、 アイドリング時には、室内へ大きな音が響く様にした。

加速と連動させるには、吸気音はもってこいである、なぜならアクセル開度で空気量(音量)が 変わるからアクセルと連動し易い。また吸気系の長さを2つ使うことで 消音と共鳴を使いわけて 低回転では、長い吸気系で消音し パワーゾーン入り口の回転では吸気の共鳴を使って大きくして 音量の差(相対変化)を創っている。

伸び感(トルクカーブ特性)も含め、この吸気音の特性を作り出しているのが、 吸気セカンダリポートである。通常走行、加速で使用するエンジン回転域を越えた エンジン回転数で開くことにより 切り替りの煩雑感の排除と全開加速域の演出をになっている。

全開加速をして、吸気の共鳴域を過ぎると、吸気音は相対的に下がるので、 エンジン音が聞こえてくる様になる。 エンジン音もエンジン回転にリニアに変化する様に、各部の共振が乗って雑音が混じらない様に、 クランクシャフトの共振点のチューニングや精度の加工・高い組付けにより、 純粋に燃焼音と機械音が回転にリニアに変化して聞こえる。 V8であることにより、高回転域の音色は4気筒や6気筒より高周波側になり軽快・伸び感が得られる。

また、音だけでなく、振動感も感じられる様に、エンジンマウントは、LS等より固められており、 適度な振動伝達成分を車内に伝えている。エンジンマウントの硬さはコーナリング時のエンジンの 動きをコントロールしており、車体の動きとエンジンの動きの時間的ずれを小さくしている。

レクサスの静粛性に足し算したことにより、サウンドが際立っている。

伸び感を感じてもらうためには、サウンドも重要であるが 体感加速Gの変化も重要で、そのためににエンジントルク特性が重要である。 低速からトルクのあるエンジンは使い易いが、高回転域での変化が少ない為伸び感を感じにくい トルクカーブは意識的に山型にして、高速のタレの無いようにすることにより、 エンジン回転上昇に合わせた、伸び感を感じられるようにした。 このため低速トルクを増加させる、ベースエンジンにある可変吸気長システム、ACISは廃止した。 これにより、トルクカーブは 富士山型とニックネームをつけた形になり、トルクのピークは 5200rpmと高回転、加速G変化、途切れない加速による伸び感を感じられる様になっている。 (トルクカーブがFSWからみた富士山の形ににている)

可変吸気長システムを廃止したことによる、低速トルクを補う為、排気量は5.0Lとして 絶対トルク値を2000rpmで既に、400Nm以上を確保してある。

次がレスポンス。 ここで言うレスポンスとは、ドライバーのすべて操作に対する、クルマ側のリアクションの早さ、確かさ リニアさと理解して欲しい。 アクセル、ブレーキ、シフト、アクセル、ステアリングなどの操作に対して、素早いリアクションを 感じさせることを、レスポンスネス=クルマとの対話 と考えた。 サウンド・伸び感も、このリアクションのひとつであることは言うまでもない。

エンジンレスポンスの改善には、サージタンク内の空気の量を最適にして、トルク変動と 吸気のレスポンスをバランスさせている。 トタランスミッションのレスポンスを改善するSPDS制御も当然そのひとつである。 駆動系全体のガタを減らしたり、タイヤの慣性質量を低下するための鍛造ホイールによる軽量化 も重要なアイテムで、最初のひと転がりのレスポンス向上のこだわっている。

Fの楽しさ3要素
参考車両 BMW M3 CSL
参考車両 アルファロメオ156 GTA


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これから順次アップしていきます。
2015~2016年カートップ誌に連載していたストーリーの原文になります。あえて当時書いたままの文章です。

投稿者プロフィール

office F.Regulus 矢口幸彦
office F.Regulus 矢口幸彦
元トヨタ自動車株式会社 IS F, RC F, GS F開発責任者 矢口幸彦
個人事務所ならではの『One to One』のサービスで、ワクワクしながら笑顔になれる働き方をお手伝いします。